慈尊院

慈尊院
慈尊院とは
慈尊院本堂

高野山真言宗の寺院で、高野山の政所として創建されました。高野山町石道の登り口にあり、境内は町石道の一部として指定されており、本堂の弥勒堂は世界遺産の一部として登録されています。

慈尊院の歴史
空海とゴンの石像

空海(弘法大師)が真言密教の道場を探し求めて大和国宇智郡に入った時、そこで漁師の姿に扮した狩場明神(高野御子大神)に高野山の存在を教えられました。その際に使いである白と黒の二匹の犬に空海を高野山まで導かせ、弘仁7年に空海は嵯峨天皇から高野山の地を賜りました。高野山参詣の要所にあたるこの九度山の雨引山麓に高野山への表玄関として伽藍を創建し、寺務所をおいて高野山への宿所と冬の避寒修行の場として慈氏寺を建立しました。その際に慈氏寺の南側に丹生高野明神社(別名:神通寺)も設けて狩場明神とその母である丹生都比売大神も祀り、慈氏寺の檀と神通寺の檀を合わせて「慈尊院」と呼ばれるようになりました。

女人高野と呼ばれる所以
多宝塔

空海の母である玉依御前が高野山を一目見ようと讃岐国多度津からやってきましたが当時の高野山内は7里四方が女人禁制となっていたため、麓にある慈尊院に滞在して本尊である弥勒仏を篤く信仰していました。空海はひと月に9度(それだけ頻繁に)母に会うために訪れたとされ、この辺りは「九度山」という地名が付けられたそうです。
空海の母は承和2年に死去しましたが、この時空海は弥勒仏の霊夢を見たため廟堂を建立して自作の弥勒仏像と母の霊を祀りました。空海の母は入滅(死去)して本尊に化身したという信仰が盛んになり、慈尊院は女人結縁の寺として知られるようになり「女人高野」と呼ばれるようになったそうです。そのため女性にご利益のあるお寺として、安産祈願や女性特有の病気の退散を願って多くの女性が訪れます。

アクセスについて

車でのアクセス

京奈和自動車道の高野口I.C.から2.5km(約6分)です。寺前に駐車場があり、乗用車が5台ほどとバスが3台止めることが出来るスペースがあります。

電車でのアクセス

南海高野線の九度山駅から約1.8km(約22分)です。またはJR和歌山線の高野口駅から約2.8km(約35分)です。
九度山駅は無人駅で、高野口駅は朝の時間帯(6時40分~9時)のみ係員が居ます。

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